株ログ(カブ☆ログ) サラリーマントレーダー【番外編】 中長期で勝つ思考と方法 その⑦

中長期で勝つ思考 その⑦

①企業価値を知ることは必須。2桁成長は欲しい。美味しい会社は意外と多い。

②いくら本を読んでも無駄。専門知識は最低限で良い。実践から経験と感覚を養う。

③人が恐怖に陥っているときこそがチャンス。余力は残しておく。

④損切は自分との闘い。勇気を持ち心を鍛える(私は苦手です)。

⑤TVメディア、評論家は超適当、情報に価値はほぼない。情報はSNSの方が早い。

⑥掲示板は嘘も多いが参考になる場合もある。慣れれば嘘も見抜ける。

⑦事故は仕方ない。しかし不祥事はダメ。

⑧不自然な動きを板とチャートから読み取り、機関の揺さぶり(演出)に騙されない。

⑨時代や未来を予想する。企業の商品(サービス)は未来に役立つものかを考える?

⑩「風が吹けば桶屋が儲かる」の思考を鍛える。 

 

⑦事故は仕方ない。しかし不祥事はダメ。

 不祥事により消えていった会社、業績が落ちた会社は数知れず・・・。また、事故は仕方ないと言っても不祥事が根底にあるものはやはりダメです。不祥事が発覚した場合特に影響が大きいケースには、以下のようなものが考えられます。

 

記者会見で不誠実な対応を行った場合。記者会見は基本的に会社の代表者が行いますが、ここで不誠実な対応を行えば火に油を注いだかの如く炎上します。発言が二転三転するのももってのほかです。沈静化どころではありませんし、代表者が不誠実な対応を行えばその会社、商品自体のイメージもさらに悪化します。

初動が遅れ製品回収や情報発信が遅れ被害が拡大する場合。初動で適切な処置を怠れば、対応が遅れれば遅れるほど被害が拡大していく。会社としての姿勢も問われます。

一つの不祥事を皮切りに、次々と新たな不祥事が発覚する場合。その会社全体の体質が悪いと思われても仕方ありません。「これですべてです」と言った後に新たな不祥事が発覚するのは最悪です。

最終製品(直接消費者が購入するもの)作っている会社の場合。中間製品を作っている会社の不祥事に比べて、不祥事が起こった時の被害は甚大です。比較になりません。

安全に関すること、健康に関することに対して不祥事があった場合。例えば、乗り物や食品、衛生製品が該当します。

社内ルールの違反、コンプライアンス違反により発生した場合。

不祥事を再発させる場合。もはや会社に管理能力がないと言えるでしょう。

  

 このような不祥事を起こした会社の株価は当然急落しますが、リバウンド狙いで購入数するのは大変危険です。会社が倒産したり、倒産に至らなくても株価の回復(信頼の回復)には時間がかかります。不祥事の対応を間違えずに誠実な対応によりダメージを最小限に抑えられる場合もありますが、基本的に長年積み上げてきた信頼を失うのは一瞬であり、信頼の回復は非常に困難なのです。

 特殊な例として「ペヤング」昆虫混入事件では、「謝罪」、「原因究明」、「再発防止」を徹底して行い、誠実な対応で再起できた例もあります。

 直近、私の同僚がどうも不祥事後に下落した「レオパレス」のを購入したようですが、その後新たな不祥事が発覚し大損を被っているようです。

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 私はいまだに「ミートホープ」「船場吉兆」「焼肉えびす」「野々村竜太郎(議員)」「三菱自動車」「レオパレス」等々様々な企業の不祥事を覚えています。不祥事はそれほど人の意識に残ります。ここで、不祥事が事件にまで発展した「雪印集団食中毒事件」に関して考察してみました。上記事例に該当する部分が多く含まれています。

雪印集団食中毒事件について

経緯

 2000年6月25日、雪印乳業大阪工場で製造された「雪印低脂肪乳」(→最終製品、健康に関すること)を飲んだ子供が嘔吐や下痢などの症状を呈した。6月27日に大阪市内の病院から大阪市保健所に食中毒の疑いが通報された。6月30日に保健所から大阪工場に製品の回収を指導した。この頃には各地から食中毒の情報が入ってきていたが、大阪工場は言を左右にして応じようとしなかった(→初動の遅れ)。6月29日に事件のプレスリリースと約30万個の製品の回収が行われたが、既に対応が遅れ、プレスリリース後は被害の申告者が爆発的に増え、大阪府・兵庫県・和歌山県・滋賀県など広範囲に渡って、14,780人の被害者が発生するという前代未聞の集団食中毒事件に発展し、世間を震撼(→初動の遅れ)させた。被害者の訴えた症状は、嘔吐・下痢・腹痛であり、総じて比較的軽いものであったが、病院へ入院に至った重症者もいた。

 

原因

 当初、事件直後の7月1日に行われた会社側の記者会見では、大阪工場の逆流防止弁の洗浄不足による汚染が原因とされたが、大阪府警察のその後の捜査により、大阪工場での製品の原料となる脱脂粉乳を生産していた北海道広尾郡大樹町にある大樹工場での汚染が原因であることが判明した。2000年3月31日、大樹工場の生産設備で氷柱の落下で3時間の停電が発生し、同工場内のタンクにあった脱脂乳が20度以上にまで温められたまま約4時間も滞留した。この間に病原性黄色ブドウ球菌が増殖して毒素(エンテロトキシンA)が発生していたことが原因であった。本来なら滞留した原料は廃棄すべきものであった(→ルール違反)が、殺菌装置で黄色ブドウ球菌を死滅させれば安全と判断し、脱脂粉乳を製造した。ところが、殺菌で黄色ブドウ球菌が死滅しても、菌類から発生した毒素の毒性は失われないため、この毒素に汚染された脱脂粉乳を原料にした加工乳製品により子供が食中毒を起こすこととなった。

 同社は、1955年(昭和30年)にも八雲工場(北海道山越郡八雲町(当時))で、同様な原因による雪印八雲工場脱脂粉乳食中毒事件を起こしており、事件後の再発防止対策にも不備があったと推測(→不祥事の再発)される。このため、雪印グループ各社の全生産工場の操業が全面的に停止する事態にもなり、スーパーなど小売店から雪印グループの商品が全品撤去され、ブランドイメージも急激に悪化した。

 その際、報道陣にこの事件を追及された当時の社長、石川哲郎は、エレベーター付近で寝ずに待っていた記者団にもみくちゃにされながら、記者会見の延長を求める記者に「では後10分」と答えたところ「何で時間を限るのですか。時間の問題じゃありませんよ。」と記者から詰問され、「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ!!」と発言(→記者会見で不誠実な対応、伝説的なやり取りとなっています)。一方の報道陣からは記者の一部が「こっちだって寝てないですよ! そんなこと言ったら! 10ヶ月の子供が病院行ってるんですよ!」と猛反発。石川哲郎はすぐに謝ったものの、この会話がマスメディアで広く配信されたことから、世論の指弾を浴びることとなった。

その後の混乱

 その後、雪印グループの製品が全品撤去に至るなど、親会社の不祥事とは言え、グループ会社全体の経営が悪化する。そして2001年(平成13年)から2002年(平成14年)にかけてBSE問題が表面化。これによって追い打ちをかけられたグループ会社の雪印食品は、雪印牛肉偽装事件(雪印乳業本体ではなく、子会社不監督)を発生(→不祥事の再発)させた。この事件によって信用失墜は決定的になり、グループの解体・再編を余儀なくされる結果となった。

 1997年の山一證券・北海道拓殖銀行・日本長期信用銀行の倒産ともあわせ、第二次世界大戦後のバブル経済まで絶対的に信奉されてきた「一流企業」ブランドに対する信頼は崩れ落ち、高度経済成長期以来の価値観の転換を象徴する事件となった。

 

不祥事はいくつもの要因が重なって起こります。長年積み上げてきた信頼も一瞬で崩壊してしまいます。一時的にリバウンドすることもありますが、個人的には不祥事を起こした企業の株は購入すべきではないと考えます。

 

 

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